6月
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『南無阿弥陀仏』とえば念仏を思い出す人が多いと思います。
でも念仏という言葉は有名ですが、念仏ってなんなのでしょう?
南無阿弥陀仏と一度でも称えたら極楽へいけるなどと耳にしたことがありますが、
本当なのでしょうか?
親鸞聖人の教えをそのまま伝えられた蓮如上人は御文章に
分かりやすく教えています。
「名号をもって、何の心得も無くして、ただ称えては助からざるなり」(一帖十五通)
「ただ声に出して念仏ばかりを称うる人は、おおようなり。それは極楽には往生せず」
(三帖三通)
「まず世間にいま流布して旨と勧むるところの念仏と申すは、ただ何の分別もなく南無阿弥陀仏とばかり称うれば皆助かるべきように思えり、それはおおきに覚束なきことなり」
(三帖五通)
このような証文は、まだまだたくさんあります。
「ただ念仏さえ称えていれば助かる」というのは、間違いということがよく分かられると思います。
また後で詳しく書きたいと思いますが、念仏は阿弥陀仏に救われたお礼の言葉なのです。
親鸞会の人と友だちになってから、南無阿弥陀仏について考えるようになってきました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と仏壇の前で称えていて、地獄極楽について語るおばあちゃんの傍で育ってきた私は、南無阿弥陀仏なんて言葉が到底理解できないような頃から聞いていたので、何の違和感もなく聞き入れていました。今となってようやくその意味が少しずつわかり、おばあちゃんは私にこう言ったことを伝えたかったのかな?という気がします。

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