南無阿弥陀仏について学ぼう

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Archive for 5月, 2009

5月
30

南無阿弥陀仏と法話

みどり | 南無阿弥陀仏・雑談

親鸞会に縁があり、南無阿弥陀仏について書いていますが、南無阿弥陀仏の御名号を本尊にしている親鸞会の法話に参詣しました。
法話というのは、仏法に関する話のことで、せめて法事の時だけでも法話を聞く機会があるとよいですね。

本来、法事というのは、忙しい忙しいと働く私たちが、せめて親の命日だけでも、仕事の手を休めて、肉親の死を思いおこして無常を観じつつ、経典に説かれている、釈尊の教えに耳を傾けようとする日なんですね。
ですから本来の法事には必ず、説法が伴わねばならないのです。
なので、読経、食事、飲酒、そして世間話で法事が終わってしまうのでは、要である説法が抜けた法事になってしまうのですね。

さて、最初に書きましたように南無阿弥陀仏の心について話がなされる法話を聴きに
いったのですが、その中で、水よく石をうがつ【雨だれの説法】について聞かせて
もらったので、ここで紹介したいと思います。

昔、明詮という僧が、真剣に仏道修行をやっていたのですが、3年たっても一向に魂の解決の目処がつかなかったそうです。そこで、『オレは駄目な人間なのかも知れない』、と先生においとまを願い出たそうです。師の僧は、真面目な明詮だけに、残念に思ったそうですが、余りにも決意が固いので、慰留をあきらめそれを許したのだとか。

ですがやはり長いこと苦楽を共にしてきた師や法友と別れるのは辛く、明詮は泣きながら寺を出た・・・。その時、にわかに大雨が降ってきたので、止むなく山門の下に腰をおろし、雨が上がるのを待っていたのだそうです。その時、何気なく山門の屋根から落ちる雨脚を見ていた明詮は、雨だれの下の石に大きな穴があいているのに気づく。

『こんな堅い石に、どうしてこんな穴があいたのだろうか。』・・・それはまぎれもなく雨滴の仕業ではないかと。あのやわらかい水滴が、こんな堅い石に穴を!何という驚くべき事実であろう。

そうだ、自分は二年や三年の修行努力でへこたれて断念したが、この水にすらも恥ずべき横着者だ。仏法の重さを全然わかっていなかった。後生の一大事を軽くみていたのだ。例え水のように弱い心しかない自分でも、根気よく求めていけば、必ず魂の解決ができるに違いない・・・。奮然とその場を立った明詮は水からうけた大説法を師匠に話し、深く前非をわびて努力精進し、後に音羽の明詮といわれる大徳になったのだそうです。何事にも、真剣に続けるということ程、大切なことはないのだと思いました。

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5月
13

南無阿弥陀仏・六字の名号

みどり | 南無阿弥陀仏とは

南無阿弥陀仏について、お釈迦さまはこう教えておられます。

【十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまう】

『大宇宙にましますガンジス河の砂の数ほど沢山の仏方が、異口同音に阿弥陀仏の作られた「南無阿弥陀仏」の名号の、想像できない大功徳を褒め称えておられるのだ』

すでに阿弥陀仏は『南無阿弥陀仏』を完成させていることがわかります。
なんといっても、どこかの誰かが言ったことではなく、お釈迦さまのお言葉ですからね。親鸞聖人は、弥陀が完成なされた、この『六字の名号』の大功徳を、『功徳の大宝海』とか『本願の大智海』とも『正信偈』に讃嘆され、蓮如上人は平易に、こう詳解されています。

【「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大になること、更にその極まりなきものなり。(御文章)】
『「南無阿弥陀仏」といえば、わずかに六字だから、それほど凄い力があるとはだれも思えないだろう。だが、この六字の中には私達が最高無上の幸せにする絶大な働きがあるのだ。その広くて大きなことは、天の際限のないようなものである』と書かれているのです。

これは前回にも紹介した部分ですが、南無阿弥陀仏というのは本当に大宇宙の諸仏が絶讃する名号ですよね。

南無阿弥陀仏は全ての人を絶対の幸福にする力があります。
人はなぜ生きるのか、何の為に生きているのか、なぜ苦しくとも生きていかねばならないのか、南無阿弥陀仏を頂くとその答えがハッキリするのです。

さて、南無阿弥陀仏とは少し話が変わりますが「和顔愛語」という仏教の言葉を知っていますか?、私はこの和顔愛語という言葉が大好きです。笑顔でいることは人を幸せにし、自分の幸せにもつながるという意味だと私は思っています。笑顔は見返りを求めてするものではないですよね。自分の笑顔で人を幸せにする・・・こんな素敵なことはないと思います。

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