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南無阿弥陀仏について
みどり | 南無阿弥陀仏とは, 南無阿弥陀仏・雑談人は『生きるのは何のため?』『生きるとは?』『死んだらどうなるの?』など、そういったことを一度くらいは考えたことがあるかと思います。
なぜ生きているのか、生きるとはどういったことなのか、私は親鸞会の人と知り合ってから、そういったいろいろなことを教えていただく機会に恵まれました。
その中でも因果の道理・因果応報という教えはすごく衝撃的でした。今の時勢、善人がしいたげられ、悪人がのさばっている事が多いですよね。何が善くて何が悪いのかなんてわからなくなってきていますが、悪いことをした人への報いというのは必ず現れるというのが
因果の道理、因果応報ということです。仏さまの眼から見られれば、善い行いをすれば善い結果がくるのは当たり前であり・・・悪い行いをすれば、悪い結果を受けるのも当たり前なのです。
良い行いをしていれば心が変わります。たとえ生活は豊かではなくても今の瞬間を『ありがたい』と思いながら生きることができるのです。お釈迦様の説かれます『因果応報』とは実践をもって本当の意味がしらされるのだと少しずつですがわかってきました。
さて、南無阿弥陀仏の話に戻りますが、『大無量寿経(佛説無量寿経)』には、この世で阿弥陀仏に救われて、『南無阿弥陀仏』とお礼の念仏を称える身になれば、いつ死んでも阿弥陀仏の浄土へ往って、阿弥陀仏と同じ仏として生まれることができると説かれています。
それはなぜかというと、阿弥陀仏が48の誓願『四十八願』を建立し、その中でも特に18番目の願である本願にそのようにして見せると誓われたのだそうです。
南無阿弥陀仏について書いていますが、以前は、言葉だけ知っていて、南無阿弥陀仏がこんなにも深い言葉だとは夢にも思いませんでした。
学んだことを今後も書いていきたいと思います。

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