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南無阿弥陀仏を称うれば
みどり | 未分類「南無阿弥陀仏を称うれば
梵王帝釈帰敬す
諸天善神ことごとく
よるひるつねにまもるなり」(冥衆護持の益)
「南無阿弥陀仏を称うれば
十方無量の諸仏は
百重千重囲繞して
よろこびまもりたもうなり」(諸仏護念の益)
「金剛堅固の信心の
定まる時をまちえてぞ
弥陀の心光摂護して
永く生死をへだてける」(心光常護の益)
“このざまで 善果来ぬとは ふざけてる”
「ああならん」「こうならん」と不満タラタラの私。
それ位の善果が来て当然の善人だと自惚れている。
どんな悪報を受けても、文句の言えない、悪性の限りを尽している私が、諸神や菩薩、諸仏、無上仏に護られて一日一日、恵まれすぎていることを感謝せずにおれない。
この「南無阿弥陀仏を称うれば」とは、阿弥陀仏に救い摂られ、念仏を称える人は、の意で、だれでもかれでも南無阿弥陀仏と口でさえ称えておれば、ということではありません。
親鸞会では、名号・信心・念仏の関係を詳しく、分かりやすく教えています。

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